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Category
オモヒノタケ(since 2004) 社長のブログ
広島と長崎
毎年のことだが、8月6日と9日は、納得いかない気持ちでいっぱいになる。
先の戦争のことで、「加害と被害」という両面から、議論の応酬が60年間も
続いていますが、終戦間際に起きた一連の出来事に着目して言及すれば
日本の焦土化って、完全にアメリカに利用されただけだ という気がしてならないのですね。
その最たる例が原子爆弾の投下。
しかも2種類の原爆をご丁寧にも作って、広島と長崎に投下しやがった。
「日本が降伏しなかったから」 これがアメリカ側が必ず使う言い分。
ボクは絶対に違うと思う。
すべての輸入路は封鎖され、物資も食料も枯渇寸前だった当時の日本を降伏させるのに
敢えて30万人以上の一般市民を殺す必要はなかったはず。
それこそ1ヶ月間、兵糧攻めにしてしまえば、勝手に白旗を上げるでしょう。
なぜ原爆が投下されたのか?
昭和20年に入ってからの絨毯爆撃は、完全にアメリカの良い様に行われ、
日本の都心に住む人たちの生死はアメリカが掌握していたことは、火を見るより明らか。
広島に陸軍師団が駐屯していたにも関わらず、空襲を実施しなかったのは
もちろん「実験台」にするため。原爆の威力を正確に測るためには、無傷の町が必要だった。
原爆の投下の理由は
1)自分たちが作り出した原爆の威力を正確に測りたかったから。
2)原爆を持つアメリカという国の優位を世界に一番早くアピールし、戦後の覇権を握りたかったから。
当然この2つにつきるわけで。
まさに戦後の冷戦構造において、アメリカのアピールポイント作りのためだけに人が殺され
今も後遺症に苦しんでいる人が、大勢いる。。。。 それが原爆なのね。
そして、こんな冷徹な考えがなぜ実行されたのか?
過激な論で有名な漫画家の小林よしのり。彼の出すさまざまな言の是非は置いといて、
彼のこの発言だけは間違いがない!と思ったことがある。それは・・・
「原爆投下が実行された根底には、有色人種への人種差別感がある」という主張。
「イエローモンキー」「ジャップ」と呼ばれた戦前から戦中、
アングロサクソンは日本人を「猿」と思っていた。これは紛れもない事実。
「猿」を殺すことに罪悪感はない。動物は人が生きるために神が与えたもの。それはキリスト教の教え。
今後のアメリカの優位を確立するために、猿が30万匹ちょっと死ぬことぐらい、心も痛まない。
まぁそんなとこか。
というわけで、ボクはこういう差別感を持っていた当時のアングロサクソンが死ぬほど嫌い。
どれだけグローバルな世界になろうとも、アメリカには人種差別は残っている。
ボクがアメリカに渡ったとき、そういう仕打ちを受けたこともある。
人種差別とは、人を殺すことの罪悪感を失わせるほど怖い価値観。
その芽を摘もうと努力をしない限り、ボクはアメリカという国を信用できない。
で、逆にアジア諸国やアジアの人種への差別感を持つ日本の年長者も信用できないし、
醜さを感じてならない。はっきりいっちゃえば将来の日本を思うと、存在自体が疎ましい。
後世に伝えて欲しくないにもかかわらず「2ちゃんねる」なんかには差別の醜聞が相変わらず飛ぶ。
差別感って何も生産性も持たない、人間の持つ最大の「負の遺産」。
原爆の日に、戦争の悲惨さだけを訴える最近の報道・教育の傾向も浅さを感じてならないのです。
それを「風化」と呼ぶんじゃないかな?
ちなみに。
長崎の原爆投下は、偶然の出来事で
本当は小倉に投下される予定だった。
その日の雲量が少なかったら、どうなっていたんだろう。
長崎に原爆が落とされたことって、本当に不幸以外の何者でもない。
やっぱ許せんわ。アメリカのやり方は。
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