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オモヒノタケ(since 2004) 社長のブログ
2004年6月アーカイブ東京
出張で久々に東京へ来た。
最近はご多分に漏れず会社もビンボーなため
出張はもっぱら日帰りとなる。
だとしたら普通は、極力楽なスケジュールで
日帰り出張を楽しむところだがボクの場合は考え方が逆。
むしろ朝イチ便で出張し、最終便で帰る覚悟で
東京行きに臨むわけで。
もちろん仕事として成立すれば、その出勤分のサラリーを会社に請求する。

で、今回はたまたま午前中からアポイントを取ることが
できたので、希望通り朝イチ便で福岡を発った。
しっかし、長ーい一日ですな。東京での出張っちゅうのは毎度のこと。
お前が勝手にそういうスケジュールにしとるんやろ!?
と言われれば、「はいそのとおりでちゅ!」と言うしかない。
では、なぜそうするか?
それは福岡にいたのでは、決して知ることができない
「人から得られる『情報』」があるから。
各業界の最新事情や悩み、果ては移動中の電車や駅で見られる
数々の広告媒体、それぞれの会社にお邪魔する際に見ることができる
そのオフィスのつくりや、セキュリティ、ホスピタリティなどなど。
福岡の会社なんぞ、とても太刀打ちできないほど、質も量も
充実している。こういった情報を得ることができる日こそ、自分にとって
最大のチャンス。
こういう機会を逃すと、自分は一生「井の中の蛙」になるのでは・・・
と、危機感すら持ってしまう。
きょう一日だけでも本当に数多くの人に会った。
んで、予想しない出会いや予定変更が発生する。
ちなみに2004年6月25日の東京出張では、幸いなことに
仕事の悩みについて、親身に相談に乗ってくれる友人とつぎつぎ話す機会ができたので
盛り上がって時間が延び延びになってしまった。

現在、時は20時20分、場所は大手町のアイリッシュパブ。 最終便を逃してしまった。
そんなことを気にしなくてよいほど、話が面白く、情報も多い。
新しい知り合いにも会わせてくれそう。
ってなわけで、きょうは東京に泊まることになりました。
やれやれ。
と、言いながらも僕は毎回東京出張では航空券はプロパーチケットを買う。
いつでも変更が効くように・・・。
こういう「出張の中身の重要性」を理解しない上司ほど
「安い航空券で精算しろ」というものです。たかだか1万円ちょっとの差額を
払うことで、得がたい情報や、天候・その他仕事の事情による予定変更への
リスクヘッジが効くわけで・・・。だったらプロパーで買う人間を責めるどころか
褒められていいくらい。
まぁ仕事への価値観と、部下への信頼が、とどのつまり喧嘩になるか
賛同になるか決まるわけでして。
この4月からボクの上司は新しい人。で、その人の前で出張するのも今回が初めて。
来週精算したら、どんな顔するかなぁ。
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誤読
放送局に勤めて、
番組を送り出す現場にいて最も気をつけることのひとつが
「言葉」。
テレビの画面に出てくる字幕・フリップの誤字など、もってのほか。
ボクが現場にいた頃は、1回やらかしたら1000円罰金だった。
年末の忘年会で罰金箱を開けたら、結構イイ金額入っていた。
それだけ恥をかき、取材した人や取材源の情報を誤って伝えていたわけ。
で、それ以上に僕ら作り手で防ぎようがないのが読み手の「誤読」。
いわゆる読み間違いです。
これはもう最悪。なぜか読み間違いというのが、視聴者・聴取者にとって
もっとも目立つわけで・・・。アナウンサーやタレントが最もバカに見える瞬間ですな。
先日イラクで起こった悲惨な事件。殺された韓国人 金鮮一(キムソンイル)さんの名前を、
とある放送局のニュースで、こともあろうか「キム・イルソン」と言い放った。
ドアホ!!! すぐに訂正したが・・・。 あんまりやろ。
まだ別の誤読なら許せるけど、金日成と同じ扱いしちゃいかんやろ、いろんな意味で。
ことの重要性をいっちょん(博多弁:全く~ない)理解しとらん。
自分が担当している番組でこんなことがあったら、こんなしゃべり手、出入り禁止にしてやるけどなぁ。
まぁどうにしても「プロ意識」が足りんな。仕事をバカにしとるばい。
で、他に記憶に残っている誤読に、こんなのもある。
めざま○テレビのニュースで医療過誤の事件があった。
「看護士が誤って患者のせいみゃくに点滴を・・・」
? せいみゃく??? と思った矢先、
ささやく声で
「じょうみゃく!じょうみゃく!」と聞こえ
「・・・誤って患者の静脈(じょうみゃく)に点滴を・・・」と読んだ。
横にいた男性アナがフォローしたつもりだが、しっかりピンマイクは拾っていた。
まさに「バカ」の全国規模露出。呆れてしまった。中学生の理科の知識がない。
ちなみに犯人はTNTのNさんです。
ただ面白いことに同じ局の同じ人間がやらかすことが結構多い。
それにもかかわらずクビにならないから不思議。
誤読をキャラクターとでも思っているな、さては。
可愛いから許す・・・、とかできなさ加減がよい・・・とか。終わっとるな。
まぁ、これが異常なくらいの誤読だと、伝説になるから世の中面白い。
旧中山道(きゅうなかせんどう)を「1日中山道(いちにちじゅう・やまみち)」と読んだアナ。
これを超える誤読は、今のところ記憶にないな。
ちなみにこの誤読も前述のアナ同様、お台場放送局。
やらかしたときの場所は牛込だけどね。
やれやれ。やっぱまともなニュースを見聞きするならNHKやな。
おっと背信行為か?!こんな喧伝って?
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天誅
最近はこんな物騒な言葉を聞かなくなった。
「天に代わって不義を討つ」みたいなノリ。
この言葉が最も世間をうごめいたのは幕末のころ。
天誅・攘夷 という言葉の名の下に殺戮が繰り返された。
対象は、外からやって来た欧米諸国の人間。
さらにはこれらの人間に加担する開国派の日本人など。

幕末の志士として名高い高杉晋作。
下関で、軍艦からの砲撃を受けて惨憺たる敗戦を味わうまで
攘夷の名の下、暴れまくっていた。
品川のイギリス外交官宿舎の焼き討ちなど・・・。
こういった傾向は日本に留まらず、中国でも1851年に「太平天国の乱」というのが
起こり、中国に上陸した欧米諸国の連中と、それに加担する清国へ
一矢報いた・・・、が敗れ滅びた。
太平天国で牙を向いた連中は、「滅清滅洋」を掲げ、
ひとりでも多くの敵をぶった切ることだけに従事したのです。
それしか抵抗している意思表示ができなかったんです。
そんな彼らは外国人や清国人からは「強盗団」呼ばわりされていた。
強盗から身を守るために殺戮し、犯人探しと称して住居を焼き、
財力を封じ込めた。
さて、なんでこんなことを書いたのでしょうか?
太平天国の乱や幕末の騒動が起こったのは19世紀中ごろ。
150年たっても、人間のやることは何も変わっていないのですね。
太平天国の乱の話や、幕末の日本の話・・・これをもうすぐ主権移譲する
中東の不幸な国に当てはめて考えてみましょう。
そう考えると、人を拉致し殺戮を繰り返す覆面姿の彼らを
一様に「テロリスト」と呼び、「テロとの戦い」と称することは、
実は結構コワイことかもしれない。
情報化社会と言われても、人の先入観を固めることなどたやすいことで
ひと声、音頭をとれば日本人は「黄色いサル」であり、アメリカ人は「鬼畜」なわけで。
これ以上犠牲者が出なければいいけど。
諸々の事件の原因の根底にはすべて人間の「偏見・先入観」という
悲しい性がはびこっている気がしてならない。やりきれんなぁ。
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ピンポイント
3日前の話になりますが、6月19日は何の日でしょう?
一般には、別に何の日でもないですが・・・。
福岡では非常に重要な日です。
第2次世界大戦末期、昭和20年の6月19日に
福岡は米軍の空襲を受けました。
まぁ今更、この空襲で何名が亡くなったか、どのくらい悲惨だったか
書くつもりはありません。
そんな中、非常に興味深いことを聞きました。
博多区土居町(旧名)にある飲み屋さんの大将の話。
湾岸戦争やNATOのユーゴ空爆などで欧米の軍隊がこれみよがしに
アピールする「ピンポイント爆撃」。
実はそれは昭和20年にも実在した!と、力説していた。 なぜか?
もちろん、当時の空爆はミサイルを飛ばすのではなく、
爆弾を落とす絨毯爆撃。上からポイポイ落とせばいいだけ。
とは言うものの、高速の飛行機の上から自由落下させるのだから、
3次元の物理を理解していないと、きちんとした地点に爆弾を命中させることはできない。
で、米軍は福岡の地図を見て、どこを焼き払うかを細かく考えて爆撃していたわけ。
攻撃対象を絞るなら話はわかるが、どうもそうではなく「非対象」を考えていたみたい。
なんでそれがわかったか?そのオイシャンが、焼け野原で育ち、実際に攻撃を受けたところと
受けていないところを毎日駆けずり回っていたから。実体験みたいなもの。
つまり今福岡では「焼け残り」と呼ばれる地区があり、
その地区を、米軍が意図的に攻撃対象から外したということだからびっくり。
これってかなり根拠のある話らしい・・・。
さて、では「焼け残り」とは福岡市内においてどこなんでしょう?
福岡には大博通り(たいはくどおり)と呼ばれる北西~南東を結ぶ幹線道路があります。
両端は博多港と博多駅。この幹線道路の東側一体が「焼け残り」です。
ここには何があると思いますか?
それは「神社仏閣」なんです。
本興寺・善導寺・入定寺・西光寺・幻住庵・護聖院・瑞応庵・聖福寺・東長寺・承天寺・・・・
挙げだすときりがないなぁ。
博多祇園山笠が通る旧東町筋沿いにずらりと軒を連ねる(という言い方がふさわしいかな?)。
これらのお寺さんや、昔の町並みは今も残っています。主に山笠の東流の地区。
確かに空爆先の対象から京都を外したという話は、史実として残っている。
でも東京の下町は、みんな燃えちゃったもんなぁ。う~ん。
「燃やす価値もない」と思われたのかなぁ・・・。
この町並みが今も残っているのは、米軍の温情なのか!?
こればっかしは、ぜんぜんわからない。調べてみたかった。ドキュメンタリーなんかを作りながら。
残念じゃ。誰か真意を調べておくれ。
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スポイル
きょうはちょっと打ちひしがれている。なんでか?
民主的な方法で考え出した結論が一部の権力を持つ人によって、
がらりと覆されることを目の当たりにしたからだ。
その昔の農民一揆や、田中正造の直訴とはわけが違う。
「民主的な方法で決めてくれ」と命令され、熟慮を重ねた末に出した結論が
非民主的な方法で覆されることになったから・・・。
日本のダメ企業では、このような光景がしばしば見られる。
この現象を「スポイル」と言うのです。
スポイルされる理由は簡単、スポイルする側が「気に入らない」から。ただそれだけ。

じゃあ、スポイルされる側が無能なのか?
うんにゃ、それは違う。スポイルされそうになりながら、なんとか企画を通したところ
大成功を収めた例はいくらでもある。いくつか挙げてみよう。
★【商品名】 : 【反対理由】
★【ソニーのプレステ】:【なぜソニーがゲーム機を作るのか!?】
★【ナムコの太鼓の達人】:【太鼓叩くだけの単純なゲームなど、誰がやるんか!?】
★【ワンダモーニングショット】:【朝以外に買ってもらえないじゃないか!?】
★【イトーヨーカ堂のセブンイレブン】
:【大型スーパー全盛の時代に品揃えが少なく値引きしない店が支持されるわけがない!】
・・・などなど
どれもこれも、ヒット商品ばかりですが、はじめは酷評を受けてたのです。
「若いやつらに任せる」と言いながら、失敗を恐れて批判だけする人たちによって・・・。
ビビリ屋・思いつき野郎などは、経営者にはなれないのです。
僕が思うに、経営者に必要な素質は以下の2点につきる。
「分析力」と「勘」。 相反する2つの要素だけど、めっちゃ必要。
なんでか?
マーケティングばかり信じる人は、リスクを怖がる単なるビビリ屋さん。
「たれぱんだ」も「宇多田ヒカル」もマーケティングが生んだ商品ではない。
一方で「勘」だけを頼る人は、単なる思い付き野郎。
部下や受注先があちらこちらに振り回されるので、会社や組織にとっては迷惑な存在。
だからこそ、2つの要素が両方いる。
そんな経営者がいる会社があるなら、考えちゃうなぁ。「うらやましー!」って。
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死に際
ちょっと前の話だが、最近にしては珍しく映画を見た。
僕には映画リコメンダーがいて、その人が勧める映画にはハズレがない。
今回見たのは「みなさん、さようなら」(原題:Les invasions barbares) 。
あの『たそがれ清兵衛』をおさえて、2004年アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画。
まぁ賞をとったことは、あまり関係ないわけで、内容に見ごたえがあれば嬉しいだけ。

で、内容だが末期ガンの父親の話。
と、聴くと「ははーん、最期のシーンで家族が看取って美しく死んでいく感じか~!?」
なーんて、事前に感動を受けるスタンバイをしてしまう。
これが僕の悪い癖。で、その通りの展開だったら、僕の中では駄作。
さてこの映画、結論から言えば秀作でした。
笑いながら、涙は流さず、しかし「こんな死に際は幸せだ」と心から感動した。
見ていない人が多いと思うのでネタは書かないが、
人の人生をキレイ事で描かないところに、非常に共感を覚えたわけです。
かつて僕が「死ぬ際にかかる葬儀・お墓などの情報」をコミカルに番組化したとき
他のディレクターから反感を買ったことがある。
にも関わらず、内容を見たプロデューサーが・・・
「明るく死を考えること」「死にまつわる情報を出すこと」を否定するとは何事か?・・・と、
逆に他のディレクターを論破したのを目の前で見て、驚いたことがある。
主人公の「パパ」は豪放磊落で、どうしようもない女たらし。
そんな彼の人生をそのまま包み込んで、幸せな最期を迎えさせようと、
奥さんが提案し息子が動き、愛人や友人が集まるその姿に感動したわけ。
そんな主人公のパパの生き様は、最後の最後までまさに日本の落語の精神「業の肯定」そのもの。
死に際も好色な想像をしながら逝ってしまったら、どんなに男は幸せなことだろう・・・。
そんなことをうらやましくも思わせる映画でした。
死に際をどう迎えるか・・・、うまくいけば数十年後のこと。さて、どうしようかね。
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前言撤回
6月はやっぱり紫陽花が素敵だなぁと思った僕でしたが
「花菖蒲」も素敵だなぁと思ったことを、ここにご報告します。
最近の仕事は「考え事」が多い。
考え事に時間を費やして、カネもらえるんだからいいじゃねーか!?と言われると
確かにそのとおり。でも仕事なんざ、そんなもの。
脳みそから酸素とブドウ糖が、
音をたてて見る見る減っていく自覚症状があるわけで。
そうなると自然の空気や色、音などを体内に蓄積しないと
たちまち「ホボ壊死」状態になっちゃうので、外に出た。
場所はとある菖蒲園。

実にきれい。この日は幸い霧雨模様。非常に画になる。
と、ここで「ビデオ持ってくりゃよかった・・・。」と思うのが仕事病の始まり。
そんなことしに、行ったわけではない。あくまで肉眼をはじめ自分の五感で
自然を感じに来たわけなのです(味覚はさすがに使えんが・・・)。

ちょうど天候が似つかわしかったせいもあってか、花菖蒲の美しさに見とれてしまった。
紫陽花に負けるとも劣らぬよさがあったんやね。
正直なところ、よく知らなかった。
ただ、携帯でなんかなし写真を撮っているうちに気づいたことがある。
花菖蒲は真上から写真を撮ると、ちょっと間抜け・・・。

単子葉植物のスラリとした背丈と凛とした姿は、
やっぱり横から見てはじめて美しさを演出できそう。
ユリなんかもそんな気がするわけでして・・・。
上から花弁だけを、まじまじと見るとヘンな顔に見えてきたのです。
これって偏見? 正直な感想なんだけどね。
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むかちょう
このところ、仕事での企画も含めてラーメン談義をする機会が多い。
僕の先輩は・・・
「もうすぐ40歳を迎える、この胃袋には、最近とんこつを受け入れ難く・・・」
と、漏らしていた。

↑↑↑ これが某むかちょうラーメンデス!
で、ボク的に最近 体が受け付けなくなったのが「化学調味料」。
みそラーメンやとんこつラーメンが特に顕著かな?
よくご存知な有名店も、「化学調味料だらけラーメン」だったりするわけで。
夜中に酒飲み過ぎた後のシメで食べるラーメンには、化学調味料がドバッと入る。
酔いちくれているときは、そんなことどーでもよく、味覚も嗅覚もべろべろ状態なもんで
勢いでズルズル食ってしまう。
んでそのままの勢いで寝込んだ数時間後・・・、異常な喉の渇きと寝汗で目を覚ます。
500ccくらいお茶を一気に飲み干し、改めて歯を磨いても、シビレが止まらない。
この症状が出る人、みんな化学調味料ドバッ!のラーメンを食べてますよ。
こういうバカを繰り返し、体や舌を酷使してきた結果、いよいよ受け付けなくなった。
最近は化学調味料の量を減らしたラーメンが多くなり、そして全く使わないラーメンも出てきた。
その名を「無化調(むかちょう)」といいます。
博多の中でも、果敢に無化調ラーメンにチャレンジしているところもあります。
どこか?福岡市内に数件ございます、はいm(__)m(今はひみつ)。
最近はそのお店のラーメンにはまって、事あるごとに行ってしまいます。
文字どおり、無化調だけに「シビレ」を切らして行ってるわけでして・・・。
お後がよろしいようで・・・。
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紫陽花
6月と聞いて思い浮かべる花。 ポピーや菖蒲もさることながら、やはり「紫陽花」。
「あじさい」を「紫陽花」と漢字を当てた先人は、
洒落っ気たっぷりだなぁとつくづく感心してしまう。
会社に向かう途中の道で、しとやかに咲いている。思わず携帯で撮ってしまった。

色もそれぞれ。赤紫、紫、青紫、色の表現はいろいろできるけど、
「紫陽花」と当てた先人のセンスに敬意を表すためにも「紫」という言葉はハズせないなぁ。
で、花の色は植わっている土の質で変わるとか。
土にアルカリ性が強いと濃い赤になり、酸性が強いと青が濃くなる・・・だったと思う。
昔調べたんだけど、逆だったりして。まいっか。たいしたことじゃない。
さてその昔、僕がテレビの朝番組を担当しているときのことですが、ヒジョーに重要な仕事があった。
それは毎日の生中継を行う場所の選別。
季節感、テレビ映り、話題、出演者などなど、とにかく幅広い情報の中から場所を選ぶ。
特に、テレビの生中継は技術的な制限が多く、場所が限られてしまう。
その中で今までに中継したことのない、花の名所をセレクトして下見して構成を考える。
結構大変な仕事だった。 けど、そんなこんなで花の名所を知ることもできたわけで。
ちなみに福岡で言うと、紫陽花の名所は
福岡の筥崎宮、北九州市若松の高塔山公園、久留米の千光寺・・・かな。
どこにアンテナを置けば電波が飛ぶか・・・などという、
他の生活では全く役に立たない知識も付加されて頭に入っている。

さて、この紫陽花たち。全国規模で「咲き乱れている場所」といえばどこを想像するでしょう?
僕が頭に浮かぶのは「鎌倉」。山のあちこちやお寺さんの境内で咲き乱れています。
ところで鎌倉になぜ紫陽花が多いかご存知でしょうか?
紫陽花って実は根付きが非常によく、しかも土の中に細かくあらゆる方向に伸びていくらしく
これを崖や山の斜面に生えさせると、土砂崩れの防止策になるそうです。
見た目が美しくて、しかも防災対策にもなるなんて、いいことづくめですね。
雨の6月、紫陽花、神社仏閣・・・、すべてが似つかわしい景色。
梅雨時季でも、目が安らぐって うれしい限りやね。
これで浴衣美人でもおったら、最高なんやけどねー。
今回は参考にさせていただいたサイトがいっぱいあります。
みんな、紫陽花の美しさが好きなんですね。
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名前で勝負
この4月から定期購読を始めている。
とっている雑誌名は「日経associe(アソシエ)」 。
ビジネス雑誌です。
ビジネスマンの啓発方法や知識、情報が満載で、年間購読だと値段がめっちゃ安い。
今年はじめから3月までに、立ち読みして気が向いたら買おうと思ってたら、毎号買っちゃった。
非常にオススメな一冊。
で、2004年6月1日号にすごいネタが載ってた。
テーマは「実践 セルフ・ブランディング 自分の名前で仕事する社員になる!」
自分の名前で仕事ができるヤツかどうかのチェックシートに、こんな項目があった。
「自分の名前でネット検索したら、20個以上URLがヒットする(同姓同名を除く)」とな。
なんだと? と思い、早速やってみた。 わずかに3個。 ダメだこりゃ。
まぁ出ないよりかはマシか。3個中2個は仕事がらみのネタ。
1個はたまたま応募があったエッセイコンテストで賞をいただいた際の記録。
で、こう考えると今度は友人の名前でガンガン検索したくなり、やってしまった。
後輩の「タカシ」は、同姓同名の人間が日本のどこかで介護福祉士をしてた。
これって別に何の意味もないが・・・。
連絡が取れないヤツの消息がわかったりもした。ちなみにそいつは北海道の博物館で学芸員を
していた。話下手なヤツだったのに、講演会をしょっちゅうやってるみたい。
ヒット率が高いヤツの典型は医者。
学会とかしょっちゅうしてて、全部その内容がネットに出てるかららしい。
結構エラそうに書かれてるから驚く。こいつの大学時代にやらかしたことを書き込めないだろうか?と
不届きなことも考えてしまった。
まぁこの1年で僕の名前でURLが20個くらいヒットすりゃーいいんだけどなぁ。
何したらいいかなぁ。意外とフルネームが載るってないんだよなぁ。ブログに毎日記載すっぺか?
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わらびもち
わらびもちの季節になった。
というか、本当は「蕨餅」の旬は初夏らしく、もうぼちぼち終わりらしいのだが・・・。
僕的にはやっぱり夏に入った頃から、夏本番あたりが「わらびもち」がうまいわけで。
先日買った。京都で。
「蕨(わらび)」の粉で作った「蕨餅(わらびもち)」。れっきとした和菓子。

北野天満宮前にある老松という和菓子屋で買ってきました。
結構いい値段した。
缶入りで、ひとつひとつ開けて食べる。きなこと黒蜜が付いていて、一緒に盛り付けます。

うまそう・・・。
食べるにあたって驚くのは「プリンプリン」と、しっかり固まっている。
スプーンでは形を崩せない。
よって、画的に場違いなナイフ登場。

切り取ってようやく口へ・・・。
ぷるんぷるんと、口の中をうごめき、ようやく飲み込むと、喉の中をゆるりゆるりと流れて行く。

たまらん。たまらんほどうまい。口当たり最高。喉越し最高。後味最高。
で、微妙な香りが漂う。まさに至福の時。
ビバ京都!ビバ蕨餅!! 頭の中はフラメンコ。 舌の味蕾も開きまくって「オレッ!」って感じ。
ごちそうさま。食べたい人は、自分で買って食って下さい。以上自慢話でした。ふっふっふ!
参照URL①
参照URL②
いちおう嵐山のお店のリンクがあったので。
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失念
どうでもいい話だが、僕は元来「忘れ物」をよくする。
ひとつは、どこかに行くときに「持っていくべきもの」を忘れる。
もうひとつは行き来の最中に「持っているもの」を置き忘れる。
毎度毎度、やらかすたびに「俺はなんてバカなんだ!」と悔やむ。
家のドア付近にメモを置いたりして、忘れ物をしないように対策も講じる。
それでも収まらんからタチが悪い。
僕は子どもの頃、バスで小学校に通っていた。
忘れ物が多いバカチンだと、当然それを取りに行くという行動が間々あった。
バスの忘れ物は各営業所に保管されている。
桧原・片江・那珂川・今川・西新・城西・・・数々の営業所に行き、親が頭を下げ
その後でぶん殴られる。その繰り返し。
しかも忘れるものが、また尋常ではない。
一番インパクトがあったのが「画板」。スケッチなんかする際に弁当売りのように下げる大きな板。
1m×75cmくらいだったかな? 「普通忘れるか?」と怒られる。
ただ、その後JR内での忘れ物を調べたことがあるが、やっぱり「信じられない」忘れ物は多いそうな。
骨壷とか(中身も入っている)、パソコンとか、買ったばかりの電子レンジとか・・・。
他の方のブログを読んでも、似たような傾向な方は結構いらっしゃる。
みんな自己嫌悪に陥っているところが面白い・・・というか、ホッとする。
「僕だけじゃなかった・・・ほっ!」
「うっかり」で、自分の記憶が思いっきり飛ぶことは、やっぱりあるもんです。
でも気をつけましょうね。 と、僕は自分自身にきょうも言い聞かせるのです。
なぜか? 先日も忘れ物をしたから・・・。(詳細はContinue readingに・・・)
33歳。相変わらずダメだごりゃ。
» 失念の続きを読む
大団円
仕事で担当していた「大英博物館の至宝展」がようやく終了しました。
お越しいただいた皆様、まずはありがとうございました。
最終日の閉館後、人数集計をしたところ・・・
6月13日(日)の最終日の人出をもって、30万人を突破したことがわかりました。
これって「すごい」ことです。
当然のことながら、前代未聞の快挙。
←【連日の行列!!】
東京で51万人、神戸で36万人、で博多で30万人かぁ。
ここまで人を寄せ集める大英博物館の収蔵品の魅力って、なんだろうなぁ?
やっぱミイラかなぁ?
どうでもいい話だが、「ミイラ」を英語と思っている人が異常に多いことに驚いた。
日本語で「木乃伊」と書いて「ミイラ」。
落語の演題に「木乃伊取り」っちゅうのがあるほど、日本語に馴染んだ言葉。
じゃあ、日本語・・・? じゃない。 実は英語以上に日本語に馴染んだ外来語・・・
「ポルトガル語」なんだよね。
「木乃伊」という漢字は当て字。しかも驚いたことに、オランダ語のmummie を漢訳したものだそうな。
つまりミイラの概念や学問、文化はどうやら室町末期から日本に入ってきたものの
江戸時代の蘭学で発展を向かえ、明治以降に一般市民にきちんと伝わっていたよう。
オランダ語のmummieから派生して(っていうか、どっちが語源か知らんが・・・)
英語ではミイラのことをmummy(マミー)。
お母さんのことではない。 幼児用のドリンクの名前でもない。
閑話休題。
ミイラ談義が、長くなったが これだけ盛り上がって、自身も深く関わった大英博物館。
行ったことがない。30代はヨーロッパデビューをしてみたいもんだ。
原野や大自然・・・マイナーなところに20代は積極的に行き過ぎたからなぁ。
大きな仕事がひとつ終わると、旅に出たい気持ちになる・・・
なーんて甘いことを言ってられんのが、世の厳しさ。 仕事~仕事っと。はいはい。
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青春学校
あまり耳なじみのない学校名だと思います。
たぶん、世の中にそうない名前でしょう。で、どこにあるのか?
実は、北九州市八幡西区にある「夜間学校」です。
先日この「青春学校」の「10周年のつどい」におじゃましました。

いったい何の学校かというと、在日韓国人・朝鮮人1世の方々のために
2世・3世をはじめ大学などで構成するボランティアの力で立ち上がった「識字学校」なんです。

最近ではあまり話題にも上がらなくなりましたが、
日本全国で在日韓国・朝鮮人はおよそ60万人います。 参照URL
そのうち1万人が福岡県にいます。これって結構多い数字なんですよ。
で、なんで福岡に多いのか?戦前の福岡・・・というか北九州には
日清戦争後にできた「八幡製鉄所」っちゅうのがありまして、
鉄鋼の原料である石灰石・石炭の産地が筑豊・豊前・粕屋のあたりだったんです。
戦前・戦中はこの地区での労働者が一気に増えました。
炭鉱労働や鉄鋼生産の現場での労働などなど・・・。それはそれはとても過酷な現場でした。
その中ので働く人たちは、もちろん強制的に連れてこられた人、
あるいは家族の口減らしで実家から出された人、
きちんとした就職先として募集を受けた人、
夫を追って来た妻や子どもなどなど・・・その実情はさまざまです。
在日韓国人・朝鮮人と日本人との間で強制連行の話をする際に
「強制連行」が「あった」「なかった」がいつも議論になります。
議論になる理由は「『強制』されて連れて来られた人」と「『自主的に』来た人」が存在するから・・・、
そして一番かわいそうなのが、どちらにも当てはまらない
「『已む無く日本に行かざるを得なかった』人」が存在するからです。
已む無く来た人が 「『自分の意思で』(好きで)来たんだろ!」と、
事情を知らない日本人から、心無い主張をされることが何よりも最も気の毒なことです。
これらの事情を公に証明できるものがないから、「あった」「なかった」が、
誰の責任かもわからぬまま、いつもいつも議論が堂々巡りになってしまうのです。
当然のことながら併合された後の韓国は、日本の一部として扱われた上に
戦時中は「国民徴用令・国家総動員法」の名の下に、財産や人材の吸収があったので、
それぞれの瞬間が「強制」だったか「半強制」だったか「だましてピンハネ」したか・・・
それはそれは地区・人・会社・時期など、様々な様相を呈していたことでしょう。
ただひとつだけ等しく確実に言えることは、韓国・朝鮮籍の人たちは
冷遇された職場環境のもとで、不当な差別を受けていたことです。
植民地支配という観点からは「格安な(ほとんどタダに等しい)労働力」という差別、
そしてそれ以上に許せないのは「根拠のない人種差別観念」という差別ですね。
お金や生活、職場環境以上に、人間関係における差別ほど、
お互いを嫌な思いにさせるものはありませんよね。
現在識字学級に通っている おばあさんたちは、
戦前・戦中は「同じ日本人」でありながら、本来の日本人より苦しい経済事情、
厳しい労働条件、不当な差別・・・、
そして戦後は突然「外国人」となってしまい、社会保障やさまざまな生活環境で冷遇される・・・。
まさにこういった戦前~戦後の歴史背景、つまり戦争が産んだ「現在の」犠牲者なんです。

今から6年ほど前、青春学校に通うひとりのおばあさんを取材させてもらいました。
日本語も韓国語も「しゃべれて聞き取れ」ますが、「読み書き」をどちらもできません。
目の前にある字が、模様に見えるそうです。想像できますか?
そんなおばあさんも、今は肉筆でがんばって
なんとか小学校3年生程度の日本語を読み書きできるまでに至りました。
僕がインタビューをした時、こんなことを言っていました。
「わたしね、生まれ変わったら、いっぱい勉強したい!」と。
この言葉に、どれだけの重みと、当時の時代が生み出した罪とが含まれていることでしょう?

戦争の爪あとの話は、逐一みなさん聞きますよね。
で、その中で補償問題や教育問題などが、現在の外交問題と絡めて駆け引きの材料に
されていることもご存知でしょう。
現に、かつての韓国や中国、今の北朝鮮は外交問題の切り札として使っていました。
仮に僕らが外交担当になったとしたら、どれだけ反感を買おうとも
「補償問題は解決済み!」って言いますよね。そりゃ当たり前。
だって足元見られたら国益損ねるし、どっかでケリつけないと、やっぱ未来を語れないもの。
ボクがその一方で未だに非常に腹立たしく思うのは、
戦後60年たとうとも、未だに青春学校のおばあちゃんたちのような、
「現在の」戦争の犠牲者が報われないこと。
世の中ではマイノリティかもしれないけど、原爆の被爆者と同じくらいの手厚い
保障やケアを受けてしかるべきだと思うけどなぁ。

毎日の生きていく過程で、自分の名前を日本語で書けないというハンデを追う・・・
こんなつらいことってないでしょ。この学校を支え続ける在日韓国人・朝鮮人2世3世の
人たちに畏敬の念を示さずにはいられません。
それとともに微力ながら何かできないものかと思うばかり。
取り急ぎは、こういう事実をひとりでも多くの方に知らせることが、僕にできること。
皆さんも、心の片隅に知っておいて下さいね。
最後になりましたが、裵さん、柳井さん、有吉先生、その他関係者の皆様、温かいご歓待
誠に痛み入ります。これからもどうぞお元気で。お力添えできることがあれば、いつでも・・・。
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鮴
「鮴」←この漢字、読めますか?
「ゴリ」と読みます。
参照URL
食べたことありますか?読んで字のごとく「魚」の一種です。
石川県金沢の特産品でして、顔が不細工なくせして妙にうまい魚。
確か川魚です。
以前、金沢に行ったときに生まれて初めて食べました。
それがなんと、きのう行ったお店にて出てきたので、びっくり!
「鮴の甘露煮」が器に盛って出てきたときは、思わず凝視してしまいました。
ゴリの旬は確か冬のはず・・・ 福岡で売っているところはないはず・・・
どうやって手に入れたんだろう?どうやって料理したんだろう?誰が教えたんだろう?
まさに時間と距離が一気に狭まった感があるなぁ。
で、ゴリはゴマメやチリメンより肉厚でして、身に甘みとコクがあります。
歯ごたえよりかは、舌触りとホクホク感を味わえるのね。
川魚というイメージが味から感じられないから、不思議。
さっきネットで探してみたら、写真があった。勝手に掲載!

で、ちなみに・・・。
金沢の店で聞いた話だが、市内を流れる男川と女川(正式名称忘れた)。
ゴリを川で捕る方法は・・・
棒で押しながらゴリを追いやって、ザルに入れ込んで捕るとか。
「ゴリ押し」という言葉、ここから来たそうな。
本当かどうか知らんけど。 そんなことを思い出してしまった。
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後退の運命(さだめ)
本日午前中、大学時代のクラスの同級生から突然電話が入り
昼食の時間を共にした。
彼は公務員。現在は庁舎の中で、教育関係の仕事に携わっている。
久々に会ってあらためて驚いたのは、頭髪の後退ぶり。
と、非常に婉曲的な表現をかましてみたが、要はハゲとったちゅうことです。
生え際がMの字になっていたので、思わず目が行ってしまった。
「ハゲたろ~俺ぇ~!?」 自分で笑顔と共にカミングアウトされると、にっこり微笑むしかない。
確かに彼の親父もハゲてる。
初めて彼に会ったのは20歳のころ。彼の実家で麻雀をしてると、
彼の親父が・・・(目の動き)・・・部屋に入ってきた。
「おう!」「こんばんは!」・・・(目の動き)・・・・・・・・・・・見事だった。不毛の大地。
「ウチの家はハゲなんよー。DNAが。 俺も将来あげんなると(あの様になるの:博多弁)!」
その「将来」がまさか13年後に訪れるとは・・・。こちらがむしろ驚いてしまった。
僕の友人・知人で「後退」を始めたのは、今のところ彼だけ。
ただ「後退が開始したと思われる」方は、他に数名いらっしゃる。
なーんとなく、額の面積が増えた気がするからだ。
こんなことを語る僕自身は大丈夫なのか?今のところ、その兆候は見られない。
ただ最近白髪が生え始めた。 まいったな。 苦労か?ストレスか? はたまた病の兆候か!?
それにしても遺伝から来る、運命(さだめ)とは、かくも過酷なものか?
所詮は他人事と思っていたのもつかの間、
会社のトイレの鏡で、頭の生え際を凝視したのは言うまでもない。
ハゲとヅラ できれば、私の運命から遠ざけたいものだ。いっそのこと未来永劫。
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デジタルディバイド
きのうは図らずも「今どきの若いやつら」の話をしてしまった。
で、今度はオジサマたちの話。といっても僕らよりだいぶ上の世代。
オジサマには、「パソコンや携帯電話になじめない・・」というお悩みがあるそうな。
「俺は手書きがいいんじゃ!」
それは本人の好みに過ぎない。「手書き」というツールを選ぶという視点とは全く違う議論。
で、次にでるのはこんなセリフ。
「最近の若い人たちと違って、こう・・・『ワープロ』でタイプするっちゅうのが苦手だ」
とな。

もしもし!? 「パソコン」です。 「ワープロ」ではなくて・・・。
さらに言うと、タイプライター・・・
つまりタイピングという実務は戦前からあったんですけどねぇ。本当は・・・。
太平洋戦争前のハルノートや宣戦布告の舞台裏、
『ローマの休日』のグレゴリー・ペックの手にも、タイプライターがあったんだけどなぁ。
オジサマたちは「若いやつらのようにパソコンは扱えん!」と頻繁に言う。
ところが、僕が社会人になったのは1994年。WINDOWS 95すら出ていない時代。
OSとインターネットの意味を知るのに3年かかった。98年に初めてパソコンを購入。
時代の波に揉まれながら必死に覚えたのは僕らも同じ。
つまりスタートラインはオジサマたちと一緒。
じゃあオジサマの苦手意識は、仕事への自覚の問題か?
それとも単に新しいツール・メディアを覚えるという動作が生理的に合わないのか?
さらにオジサマたちは「若いやつらはITに強い」と言う。
ところが、これも僕に言わせれば、かなり誤解がある。
若い人たちが「ITのある生活に慣れている」のは間違いない。
だけど「『強い』ということ」は、 「理論やシステムを把握している」ということなのね。
つまり能動的にITを駆使し、ソフトやシステムを作ったり議論したりできる人を初めて「強い」と言える。
パケット通信の意味を知らない。携帯電話の電波周波数を知らない。
ハードディスクやメモリの意味がわからない。 ・・・そんな若者は世の中いっぱいいる。
大学生に接すると、こういうマルチメディアの知識を持たずに、ヘラヘラ携帯電話を扱って、
高額な通信料を取られてなんとも思っていないのに驚くばかり。
別に知りたいとも思ってないのかもしれない。ほとんど思考停止状態。
ゆえにシニア層とITとの乖離を表すのによく使われる、「デジタルディバイド」という言葉はあるものの
実際に「どの世代がITに強く、どの世代が弱いか?」を考えると・・・
「大学生も、50代のオジサマたちも同じレベル」だと思うわけ。

まぁ それにしても、
何でオジサマたちは「文書を作る」ことを「ワープロ打っちゃらんね?」と言うのだろう?
ワードもエクセルもパワーポイントも、へったくれも何もない。 全部ワープロ。
そういえば先日、元オジサマだけの部屋を片付けたとき、
「ホンマもんの『ワープロ』」を発掘した。 書院だかRUPOだか、もう忘れたが・・・。
「いると?これ」「いらんやろ!捨ててしまえ!」 ・・・捨てた。
引き出しを見ると、山のような「フロッピー」が・・・。 「なんじゃこりゃ?」 ・・・同じく捨てた。
そういえばデータを保存するときに、「フロッピーに保存を」とオジサマたちは言う。
実際のところ、僕はフロッピーを持たない。この2~3年手にしたことすらない。
個人所有のパソコンはデスクトップとノートが1台ずつあるが、いずれもフロッピーを
読み込むこと自体ができない。
そもそも、そんなインターフェイスを忘れかけてた。
ある種、懐かしさを覚える「ワープロ」と「フロッピー」・・・。
オジサマたちにとっては数少ないデジタル用語のようですな。
みなさま、オジサマたちに愛の手を・・・。「ワープロ」と「フロッピー」にも愛の手を・・・。
合いの手ではありません、チョイナチョイナっと!
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一生懸命!
「最近の若いやつは・・・」というセリフは、古くは古代ギリシアの遺跡の中にも
書かれているらしく、古今東西おっさん達は「若いやつら」を憂い嘆いていたそうな。
で、33歳のワタクシメが若干27歳の後輩や、50歳代の上長と話していた会話。
「最近の若いやつらは、わからん・・・」とね。何についてか?
実はここ2ヶ月ほど、仕事の都合で他社が雇用している学生上がりのバイトの
仕事振りを目の当たりにした。その面々について、驚くことがあったわけです。
接客業にも関わらず、なんとなく心象が悪い男。服装や態度、目つきなどなど。
で、上長が指摘したところ・・・キレた。武器を手に殴りかかってきたそうな。
おーコワ。おーコワ。
また別の日、バイトが事もあろうか客とケンカしてた。クレーム処理しているはず
なのにキレかかっている。カンベンしてくれよ。
どちらのパターンでも、そのバイトが吐いたセリフが・・・
「俺は一生懸命やってんすよ!」「俺の仕事は完璧っすよ!」だもんな。
「一生懸命やっている」というセリフを20代前半のやつらがよく吐く。
こういうセリフを自分で吐くから、びっくりする。
一生懸命やっているかどうかは「上」が判断すること。
雇われているやつは「結果」を出す以外、何一つ客観的な評価はもらえない。
「一生懸命する」なんて当たり前。してないやつは論外。
「過程」を評価するなんて小学校じゃあるまいし。プロ意識に欠けてる。
カネをもらう=プロ っちゅうことだからな。
プロ意識がないなら、働いてもらってはこまる。
そもそも「一生懸命」は「一所懸命」が語源で、
この言葉は鎌倉時代の御家人が、自分の担当地を「命がけで」守る際に用いた言葉。
この精神があったおかげで、鎌倉時代の日本は元寇の波から土地を守り抜いた。
今の日本が、いまの歴史に落ち着いているのも、彼らのおかげ。
命かける人が吐くセリフを、最近の若いやつらはたいした仕事もせずに
カネだけもらって口にするから、呆れてしまう。
こーんな話を職場でしゃべっていた。横で新米社員が黙って聞いてた。
その新米社員が夕方、仕事でミスをしてパニクってたらしい。
おろおろしながら、思わず「私も一生懸命やってるんですけど・・・」ともらしたげな。
その後にすかさず「地雷踏んだ!」って表情をしたそうな。聴いた話だけど。
地雷踏んだって気づいただけ、バイト連中よりかは成長しとるやんけ。
やれやれ。僕もきょうは昼メシでラーメン2杯食べたんだよな、一生懸命。これも仕事。
明日も仕事がんばろっと、一生懸命。はいはいっと。
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大切な1週間
ここだけの話だが、全国の主要都市でのラジオ業界には「大切な1週間」というものがある。
よくわからんが、どの局もある瞬間、一斉に「大切な1週間」だと連呼しだす。
「いぇ~!」とか、パーソナリティが、おらびたおしながら(博多弁:叫びながら)告知しまくる。
局によって若干表現方法が異なるものの、
異様な盛り上がりとともに、どういうわけか気前良くプレゼントを濫発するのです。

ラジオとテレビを両方持つ局に至っては、テレビでのラジオ番組の告知が異常に増える。
CMが出たり、生番組に出たり・・・。知らない顔が画面に出てくる。
別に見たくもないのに。
最近では、新聞折り込みや街中でのチラシ配布など、
告知方法やプレゼント告知の方法は、いまや何でもあり。
見ていると節操がない。
そこまで「ラジオを聴こう!」的な告知をして、一体何が目的なの?
と、思わせぶりを書く僕の方が白々しいかな?理由を知ってるくせに・・・。
で、まぁ一言だけ言わせてもらえば・・・。
テレビは「ドリンク剤」、ラジオは「漢方薬」といわれています。
ラジオは人の習慣にものすごーく密接に絡んでいて、
毎日の生活の中に「ラジオをつける」という「動作」と
「ラジオを聴いている」という「状態」とを
ひとり一人に刷り込んで、習慣化させる必要があるわけです。 「聴いていただく」ために・・・。
「人の習慣を変えるという作業」
それはそれは大変なこと・・・ですよね。
あなたが毎日フジテレビの朝番組を見ているのに、ある日突然TBSに変えます?
まず、ありえんでしょ。
アヤパン好き~、とか、トロが好き~、とか、わんこ好き~とか、ね。
チャンネルを固定させる要因がいっぱいあるもんね。
で、敢えて変えるとして、どれだけの「きっかけ」が必要なんでしょうか?
好きなゲストやしゃべり手が、毎日毎日毎日毎日・・・ずーーーーっと出て、
好きな話題がいろいろいっぱいさまざまな形で、バラエティに富んで、いーーーーっぱいあれば
よーーーーーーうやく、変える気になるかな? テレビでもこれだけきっかけがいる。大変だぁ。
ラジオの場合は、そもそも「聴く」人の総人口が少ないわけだから、
「ラジオを聴く」という習慣をまず付けさせないといけない。
まずラジオを聴かない人は、「ラジオ」を持ってない人もいる。
電源の付け方、チューニングの合わせ方を知らない人も多い。
災害が起こったり、ミサイルが飛んできたりせん限り、まずラジオを聴こうとしないよな。
んで、ラジオという媒体を、仮に、仮に・・・聴いていただいたとしても・・・
今度は「ウチの局のラジオを聴く」という習慣を「さ・ら・に」つけんといかん。
お一人お一人様へ二つの習慣付けを同時にしないといかんとな。 そりゃまずムリやろ。
どう考えてもこれは至難の技。ザーザーピーピー言うメディアをわざわざ聴く?
他に面白いものは世の中いっぱいある。新曲はどこででも聴ける。
24時間しかない一日で、わざわざスイッチ入れるかなぁ?
何をラジオに求めるのかなぁ?聴く人って・・・。
そして作る人って、こんな現状っていうか聴き手の気持ちを、本気で考えたことあんのかなぁ?
というか、本当はそれを考えて信頼ある媒体にすることがラジオマンの仕事だとおもうけどね。
プレゼントだけで、お客様の気を引こうなんて、はっきりいって稚拙極まりないよなぁ。
そんな雑多な番組構成になったら、日ごろラジオを愛してる人までラジオを聴かなくなったりして?
なーんか本末転倒なんだよなぁ。
でもこれって「長期の投資」をしない今の日本の象徴かもね。
だって一生懸命「長期の投資」をして番組を良くしようとしても、
自分が異動したあとに、結果が出たって自分の得にはならないから、
今のうちに「やった」っていう格好だけつけた方が「自分の」得になるもんね。
所詮、それが偉い人の考え方っちゃんねぇ。
そうやって、自分の手柄のためにいろんなものが食い物にされるんよね。
ラジオ番組だろうと、タレントさんだろうと、なんでもかんでも・・・。
で、悪いネタはフタをされるし先送りされる。それで三菱自動車みたいなことが起こる。
「俺は関係ない」からってやつ。 切なくなっちゃうなぁ。
さて、よーーーく考えたら、福岡では、どーもテレビCMやら雑誌やらに
ラジオの告知が多いなぁ、この1週間あたり。よーく目にするなぁ。
ひょっっっとして 「大切な1週間」なのかな? 今週って・・・。
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箸の文化
きょう、たまたま昼食を「塗り箸」でいただいた。
昨今自宅では、木製の箸がほとんど。外食では割り箸ばかり。
自分にとって、ここ数年でも久しく稀な手の感触に、嬉しさを感じたのでした。
箸を扱うときに、いつもいつも思うのだが、自分の手にしっくりはまる箸がなかなかみつからない。
僕の場合、他の人とは異なる「しっくりこない」理由がある。
指が長い。

それも尋常ではない長さ。中指は9センチ弱ある。うーむ。
以前、金沢に出張で出かけたときに、地元の百貨店「大和(だいわ)」に赴いた。
そこで売ってたお箸、株式会社イシダというところが作っているものがズラッと並んでいたのだが
自分の手に合う箸は、何センチなのかという目安が書いてあった。
これはうれしい。んでもって、測ってみると26センチが適切だとか。
靴のサイズよりデカいんかい? 結構びっくりした。
中国では「太くて長い」箸。重めのプラスチックか象牙でできているものが多い。
韓国では「細くて重い」箸。上等なとこでは金・銀製、ふつうはステンレスかな?
使用用途が異なるので、作りに若干差はあるものの、箸が食文化に溶け込んでいるのを見て
やはり日本を含めたこの3カ国の文化交流の歴史には、重みを感じてしまうのです。
ちなみに、どんなに箸が美しくても、扱っている人間の箸使いが醜かったら最悪。
見るに耐えない持ち方をして、テレビに映るバカチンリポーターが世にはびこるからこまったもんだ。
採用するとき、採用してテレビに出る時などなど、常々口をすっぱくして指摘したもんだ。
ただ、そこから先は本人の価値観次第。直さないヤツは永遠に直さない。
誤った箸使いを見ただけで不快に思う人は世の中にいっぱいいるのに。
料理を作った料理人の方々にも失礼極まりないと思うんだよね。
美しく出た料理は、美しく食べるのが礼儀じゃなかろーか?
それともこんなことにこだわる僕は、おっさんになったんだろーか? ただ 許せんものは許せん。
それにしても、食事の時の手先の動きひとつで、その人の人格そのものを判断される日本の世。
これって結構、厳しい世の中だったりするな。アメリカで生まれたら、その点では楽だったかな?
でもそういえば、昔「味の素」のCMコピーにあったなぁ・・・
「お箸の国の人だもの!」ってやつ。言い得て妙だよなぁ。今もってる箸も買い直そうかいな?
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頭痛
このところ、どうも頭痛が続く。
特に深夜。 こまったことに飲んだあとに、しょっちゅうこの症状が出るので大変。
昔は飲んで寝ても、よっぽどのことがない限り頭が痛いなんてなかった。
仮にあっても、すぐに治ったもんだった。
ということもあり、最近のボクの友はバファリン。
夜、帰宅した段階から「飲んだこと」が理由の頭痛の兆候が見える。
ってなわけで、どうしても寝る前に飲んでしまう。バファリンを・・・。
ところが。
医者連中に聞いた話だが、バファリンという薬。それはそれは強烈らしく
あまり頻繁に飲まないほうがいいとか。
風邪をひいて病院に行った時も「バファリン飲んだ?」と聞かれる。
飲んだときと飲まない時とで、薬の処方の仕方が違うそうな。
そのぐらい強烈な薬なんだって。
と知っていながら、最近は飲みすぎたときに服用してしまう。
これってかなりよくないことなのかもしれない。
ほどほどにした方がいいんだろうね。
お酒も薬も。
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懐かしさを売ること
近々、DVDで「夕やけニャンニャン」のダイジェストが発売されるそうな。
?という人もいることでしょう。
80年代後半に、フジテレビが平日夕方にぶちかました1時間番組。
普通の女子高生がおニャン子クラブと称して、ブラウン管に出まくっていた。
メンバーには渡辺真里奈や工藤静香、など 最近では有名になった人たちもいる。

これは僕のような30代にはうれしい話。多分DVDを買ってしまうことだろう。
先般発売された「8時だよ!全員集合」も思わず買ってしまった。
消費者としては、ひたすらうれしいんだけど、番組制作に携わってきた者としては
とっても怖い現象でもある。
なんでか?
それは「今の制作能力が著しく落ちている」ことの象徴でもあるから。
「制作能力が落ちている」のではなく、「すでに消滅している」かもしれない。
能力が落ちだすと、制作ノウハウが下に伝わっていかない。
ということは放送局に最も不可欠な
「コンテンツ制作力」が激減しているっちゅうわけ。
最近のキー局が制作する番組は、スタジオトークを収録するものがほとんど。
ざっくり収録して、後で面白い部分を選んで編集してまとめる。
タレントを拘束する時間が「見える」から経費を抑えられるという利点もある。
ただこれをすると、いろんな弊害もあったりするのね。
・時間を限られた中で面白さを凝縮するという「演出力」が低下する
・出演者のトークの力も低下する
特に2番目は、CD聞いて、歌唱力のすごさを期待してた歌手が
ライブではサンザンだった…ってのと同じ現象になるわけでして。
ライブ(つまり生放送や無修正収録)だと、だますことができない。
何でもそう。
でも編集を加えると、「別の作品」を作り上げることができる。
でも放送だって舞台だって、目の前でリアルタイムで行われるもの。
だったら、ライブにこだわった方がいいに決まってる。
DVDで出る「夕やけニャンニャン」も既に出てる「8時だよ!全員集合」も
どちらも生放送。だからすごい。ドリフも秋元康もだからすごい。
というわけで、ウラを返すと「懐かしさを売る」今の傾向って、
放送局業界にとっては、ものすごーくアブナイ話だと思う。
ひとことで言えば「創造力の欠如」であるからなのね。
それは僕の勤める会社もしかり。
ウチのラジオではメインの番組で、昔の看板番組をそのまんま放送してる。
昨年からそういう編成方針になった。
その分制作ノウハウは枯渇してしまった。制作者に能力を期待できる土壌もない。
おおかた予想はしていたものの、思った以上にひどい状態に今なっている。
今はいいかもしれんが、5年後・10年後のウチのラジオに、新しいスター・新しい看板番組は
現れることは、まずないだろう。期待すらできない。
こんな会社に未来はあるのか?とちょっと思っちゃう。
っていうか、プライドないんかなぁ。制作に関して。
プライドないまま毎日垂れ流してる姿って、ただただあきれるだけだね。
やれやれ。
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お届け物
5月25日に出席届けを出していたリンガーハットの株主総会。
開催直前の会場まで見ながら、仕事の都合でやむなく欠席。
すると先日、リンガーハットさんからお届け物が届いた。
株主総会の報告書はもちろんですが、他に2つのものが同封されてた。
まずは「配当金の支払通知書」
こんなやつ↓

こいつを郵便局に持っていったら、配当金を受け取れる。
で、いくらだったか?今回は450円頂戴しました。
ここんところ、配当金は半年で450円。 これはオイシイ。
前回もお話したとおり、元本は100,000円。
どっかに貯金しても、いくらの利息がつくか?たかが知れてるわな。
で、以外と知られていないのは利息にも実は税金がかかっていること。
どんだけか? 20%の源泉徴収。利息が10円ついてももらえるのは8円。
株式配当への税金は現在10%。もちろん税制はコロコロ変わるけど、
利息への税金の率はまず変わらん。結構いろいろと優遇されてるんよね。
たかだか450円とは言うものの、しっかり貯金させてもらいました。
で、もうひとつ届いたのは「株主優待券」
こんなやつ↓

1,000円分いただきました。
こいつをお店に持っていって支払の時に使うと、お金と同じように
使えます。
しかも支払の時に、レジを打つお姉ちゃんから
「株主様、いつも誠にありがとうございます。」
と言われる。これって結構うれしい。ちょっと優越感もあったりして。
(たかだか1,000円だが・・・)
「濡れ手で粟」で1,450円を頂戴しました。リンガーハットさん、いつもありがとう。
また食べに行きますよ。
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虫歯談義
自慢ではないが、ボクには虫歯がない。
生まれて此の方、ただの一度も虫歯ができたことがない。
幼少の頃は、「虫歯がないで賞」かなんか知らんが、賞までもらったそうな。
おまけに歯並びもいい。自慢ではないが・・・。

なぜ虫歯がないのか?そしてなぜ虫歯ができないのか?
そんなん、理由は よーわからん。できんものはできんのだ。
「羨ましい」と人からよく言われる。
「よかろーもん(博多弁)。」と、思わず返してしまう。
「生まれてから足が遅いとか顔が不細工とか、生きるうえで不利なネタもいろいろあるっちゃけん、
人よりいいネタのひとつもないと、人生やっていけんもんなー」と思うわけ。
でもどうせなら、虫歯がない人生よりかは、顔がかっこいいとか金持ちの方がよかったか!?
それでも虫歯がある人にとっては、虫歯がない人、それも「できない人」というのは
本当に、羨望のまなざしで見るほどの対象だそうな。 そりゃよかった。
「親に感謝しなさい」と言う人もいる。
が、親が虫歯予防にがんばったって、できる人はやっぱりできるそうな。
で、ぶっちゃけたところ虫歯の原因っちゃ何ね?という話を、かつて歯科医としたことがある。
答えは「菌」だそうな。「ミュータンス菌(だったかな?)」とか言う菌が原因だと。
んでこいつは先天的にわいてくる菌ではなく、外的要因で赤ん坊の口の中に入ってきて、
一旦感染すると二度と駆除できないとか。要はキャリアになるわけ。
極論したら、HIVとかマラリアとかとおんなじことらしい。
感染ルートは、親バカな両親や祖父母が口移しで、食べ物を与えたり
噛み砕いたり、肉をちぎったりすることだとさ。
優しさの象徴と見せながら、大人が無知なゆえに無垢な子どもに一生かかっても除去できないほどの
害を与えるとは、なんとも皮肉な話。
この菌をいっぱい口の中に飼っていると、虫歯ができやすい要因がそろったとたんに
ガッツンガッツン虫歯が増えるとか。 そら大変だわ。 ボクからしたら、まるで他人事。
ではボクが何か虫歯対策をしているか?といわれると、別にしてない。
ただ、30代になると、虫歯以上に「歯槽膿漏」に注意せないかんらしい。
ということもあり、半年~1年に1度は歯科検診を受けている。主たる目的は歯石とり。
子どもには、虫歯の有無に関わらず、日ごろから歯医者へ行くことを教えるのがいいそうな。
歯磨きの仕方をはじめ、興味を持たせることが大事だけど、「フッ素コーティング」も有効な手段だって。
もちろん万能ではないけどね。 そのくらいはせないかんらしいよ。
で、とりあえずボクは今からまた歯磨き。虫歯のない整った歯を磨くのは楽しい・・・
と気づいたのはわずか数年前から。それほど歯の状態を保つことに興味はなかった。
けど、生まれて此の方虫歯は一本もない。 何度も言うけど、自慢ではないが・・・。
歯が痛い方、ご苦労さん!と 横着な態度で言っているところ。
僕が唯一優越感を感じられる話だから、許してねっと。
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勘違いしてた・・・
めざましテレビを、最近の朝はつい見てしまう。
自局のものとチャンネルを交互に代えることが、しばしばですが。
めざましテレビは、ワンクールでだいたいテーマソングが変わる。
番組的には結構珍しいことですね。
めざましテレビのオープニングや提供交代のシーンって、
テーマソングがどんな曲になっても、簡単に対応できるような構成になっているもんね。
で、今のテーマソングは「手のひらを太陽に」 by BON-BON BLANCO
5人組の女の子だそうな。スペイン語で「イケてるじゃじゃ馬」って名前なんだって。へー。

この歌がイマ風にアレンジされてる。朝から聞くと結構すがすがしい。
ただ、この歌にはひとつイヤな思い出が・・・。
「♪手ーのひらをーたいようにー、透かしてみーれーばー・・・」というフレーズ、さてこの後は
「真っー赤ーにながーれるー」 と、来て
「ボクの『血潮(ちしお)』 ですよね。
今思うと、とてもいい詞です。ただ世の中何も知らなかった小学生時代は、
「ホクロキーシーオー!!」と歌っていた。
なぜか? そう聞こえたからだけ。
で、「ホクロキシオ」とは何者なのか? 「北路岸雄(58)」さんか?
ということは、以下こういうストーリーか?
人生の最期を占う 占い師ウジャッピは、
依頼を受けた北路岸雄氏の最期の姿を
目前に浮かべるべく呪文を唱え、両手を上にかざした。。。
日の光が両手に差し込んだ瞬間・・・
「見える・・・! 北路岸雄氏の最期は・・・
暴漢にメッタ切りされ血があふれたまま川に流されとる~!」
哀れ・・・。北路岸雄氏は、真っ赤にあふれた血と共に、流れていったのだった・・・。
ボクは「手のひらを太陽に」の歌の中に、こんな悲しいテーマが含まれていたと想像していた・・・
・・・などというわけはない。勘違いでハジをかく。ってことは多いのね。
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